マイコンと呼ばれた時代 (1) [コメントする]

マイコンと呼ばれた時代


スレッド作成 : さん
 (1998/2/21 17:56:17)

昔、マイコンと呼ばれたマシンには、以下の様なマシンがありました。

インテル8080系(Z80系)
日本電気 TK80BS(筐体付きはCOMPO/BS)
シャープ MZ80K
タンデム TRS80

モトローラ系(6502系・6809?系)
日立 BASICMASTER(L供
APPLE APPLE供並緲店は東レ?東リ?)
コモドール PET2001

当時の感覚で言えば、主流はTK80で、2年ぐらいしてからMZ80が頭角を表してきた様に思います。
また、雑誌ではI/OやASCIIが主流で、
言語ソフト〜ゲームソフトに至るまで、様々なプログラムが紹介されていました。
加えて、自作ボードから自作プリンター?プロッター?(割り箸を使用!!)の制作記事まで掲載されており、フロンティア精神旺盛(笑)な時代でした。
このHPではさらにその7〜8年後の”パソコン時代”の黎明期マシンを多く網羅されておりますが、ぜひ”マイコン時代”の創成期マシンも取り上げてください。


マイコン時代

Saiey さんのコメント
 (1998/2/23 09:14:55)

マイコン時代創世期ですか。もちろん、取り上げたいのは山々川々谷々です。(^^;
でも、私がMZ-2000に触ってパソコンを知ったのが10歳くらいの時。それ以前のことに関しては全然無知なんですよー。

しかし、そのためにこの掲示板があるのですっ!!!(^-^;/

ぜひ、マイコン創世記の書き込みをよろしくお願いします。


マイコン創世記

あきよし さんのコメント
 (1998/2/23 10:23:35)

そんな題名の本があったな (^^;


それはさておき。
大学の部室には、その当時の「ペリフェラル」の制作を1冊の本にまとめたものがありましたっけ。

ざっと読んだだけですけど、トラックボールを作成するためにビリヤードの玉を使ったりしていました。

あと、プリンタをつかってスキャナをつくったり、というのは有名ですね。

#現在の「スキャプリ」と同じ原理


すでにパソコン時代になってからですが、マイコン時代からいじっていた大学の先輩が、簡単なソフトウェアのみで A/D D/A コンバータを実現していたりしました。ここらへんも、マイコン時代の面目躍如です。

方法は、プリンタコネクタのデータバスに、その bit の重みだけ電圧が通るように、抵抗を付けて、電線を1本にまとめるだけ。

これで、データを出力するだけで D/A 変換されます。

さらに、この出力と、調べたいアナログ電圧とをオペアンプ(電圧を比較する、基本的な回路)で調べ、同じになるまで値を変えれば、 A/D 変換も出来ます。



ちなみに、僕の最初にいじったマシンはワンボードマイコンですが、世代としてはパソコン黎明期です。


大昔のマイコン

やじさん さんのコメント
 (1998/4/26 23:12:03)

まだ、TK80全盛くらいのときに、シャープとナショナルから
それぞれ「マイコン博士」「パナキット」という(たぶん)4ビットの
ワンボードマイコンキットが出てました。
16進キーと7セグLEDだけのでも一応箱には入ったものでした。
できたこと。計算。ゲーム(ゲームらしき事)。音楽演奏(らしき事)等

#実は、近くに「まだ」このパナキットを売ってるところがあって、
#どうしようか思案中

でわ


欲しい

三嶺 さんのコメント
 (1998/5/6 23:40:46 -
E-Mail)

個人的にはLkit8、EX-80なら二万円ぐらい出しても良いと思っています。
私はどちらかといえば、この道にはハード面から入ったので、暇があればそういったワンボードでインターフェース系の自作もしたいですね。
当時はハードの自作も非常に一般的でしたが、最近はロジックICもめっきり見かけなくなってしまいましたねえ。

ちなみに私が初めて触ったのは「マイコン博士」=MZ-40です。


TK80-BS

あきよし さんのコメント
 (1998/5/7 09:57:34)

ゲットしました! :-)

私のページを読んでくださったから「TK80-BS があるんですけど、いりませんか?」といわれて喜んで頂きました。

写真などでみる TK80-BS といえば、むき出しのワンボードマイコンに無骨なキーボードがついたものなのですが、当時ツクモがこれを収めるケースを販売していたそうで、それに入っていました。

ケースの蓋は簡単に開閉でき、ボードへのアクセス性が高くなっています。
とりあえず電源を入れたら7セグ8桁の LED に F が並んだので動いているのだとおもいますが、BS をつないでいるからか、そのままでは何の操作も出来ないようです。

#テレビに繋げないと何も出来ないのかな、という予想。


6502

あきよし さんのコメント
 (1998/5/7 09:59:51)

久しぶりにこのスレッドを見て気になったのですが、6502 はモトローラではなく、モステクノロジーだと思いました。


モステク

笹井シンヤ さんのコメント
 (1998/5/7 20:38:56)

6502はモステクノロジーですね。
でも、6800とかと根っこは同じだっていう話も聞いたことあるんですけど。


6800 と 6502

あきよし さんのコメント
 (1998/5/8 10:04:34)

聞いた話では、PDP-11 を元に設計したのが 6800 で、それを極限まで簡略化したのが 6502 だとか。
だから、6502 の電気特性は、6800 と交換しやすいように作ってあるんだそうです。

Apple I は、6800 を使って設計されていたけど、途中で WOZ が 6502 を見つけて、値段が 6800 の 1/7 だったからそちらに乗り換えた、というのも有名な話です。
途中から乗り換えられてしまうくらい、6800 に近い設計だったということ。

#ソフトから見た内部アーキテクチャはずいぶん違うのだけどね。


6502

笹井シンヤ さんのコメント
 (1998/5/8 15:15:12)

なるほど。そんな話があったんですね。

ところで、6502のアセンブラって、すべてのニーモニックがアルファベット3文字なんですよね。SEXという命令があったことは有名ですよね。


6502 アセンブラ

あきよし さんのコメント
 (1998/5/8 16:23:05)

SEX ってありましたっけ (^^;
覚えてないなぁ。資料を探せばわかるかな?
#もしかして、ファミコン 6502 で削除された命令かもしれない。

たしかに、6502 はすべて 3 文字なのでソースリストが美しいです。

ひとつには、レジスタが少ないので、Z80 なら

LD A,n

となる命令が

LDA n

だったため、というのもありますけどね。
(レジスタは、 A X Y の3つのみ。計算は A に対してしか出来ないので、 ADD や SUB は暗黙に A を使う)


関係ないけど、68000 のアセンブラには ABCD という命令がありました。

# Add Binary Codec Decimal ・・・であっているかな?
 二進化十進加算命令


MELPS

ma3 さんのコメント
 (1998/5/8 19:48:39)

という三菱の制御用8bitチップがあるのですが、これの仕様を見たらコアとなっている部分は6502の上位互換で、びっくりしました。

あとでVIC1001のマニュアルを見て納得。「MPS6500ファミリ」、って書いてある。


符号拡張だったはず

よし坊 さんのコメント
 (1998/5/9 03:24:05)

ありっ!

SEX(Sign EXtended)って6800系の命令じゃなかったっけ? 8ビット->16ビットのダブルアキュムレータへのAcc Bの最上位ビットの符号をAcc Aの8ビットすべてにコピーするってやつ。

6502のSEXって違うのかな(あったかな?)。うーん思い出せん。

68KのBCD(Binary Coded Decimal)演算にはもうひとつ減算のSBCDも当然ありましたね。

あと私は6800系ではTFR、EXGというレジスタ間のコビー、交換命令が好きでした。

#これを使うとC、PASCALでいうところのパラメータ列による参照呼び出しをスタックを使わないでPC相対で渡せたのよ。


6502アセンブラ

笹井シンヤ さんのコメント
 (1998/5/10 02:22:32)

高校の時に、後輩に見せられたVIC1001用のソースリストにSEXってのがあって、「うぉーほんとだ」って思った記憶があるんで、6502用だと思ってたんですが。

よもや記憶の方が間違っているのだろうか・・・
ちょっと自信なくなってきました。
でも、あきよしさんが「6502はすべて3文字」って書いてるので多分合ってるでしょう。


6809じゃないのかな?

ma3 さんのコメント
 (1998/5/10 12:35:33)

SEXって命令は、見たところVIC1001のマニュアルにもMELPSのマニュアルにもありませんでした。
どこかで見た覚えがしたので、もしかしてと6809のインストラクションを見てみると、確かにありました。

#マクロとか疑似命令だったという可能性もあるかも


6809でしたか・・・

笹井シンヤ さんのコメント
 (1998/5/10 15:47:17)

記憶違いだったのかなぁ。

でも、あの当時6809のアセンブラを扱える人間は知り合いにいなかったんだけどなぁ。

いや、でも、確かにそういう命令が存在するということが分かって幸せです(^^;

うーん、6502じゃなかったのか?


確認してみました

tvn さんのコメント
 (1998/5/14 00:02:40 -
E-Mail Web)

この話題に黙っていられなくて登場しました。
確かに6809の命令です。
SEX(Sign Extended)とあり、意味としてはAccBのビット7が1ならばAccA'<-FF(16)、AccBのビット7が0ならばAccA'<-00(16)とあります。
説明として、AccBの8ビットの符号つき2進数データを、AccDに16ビット符号つき2進数として拡張するとなっています。


そうでしたか

笹井シンヤ さんのコメント
 (1998/5/14 04:03:20)

やはり6809でしたか。
記憶がどこか短絡していたみたいですね。どこで勘違いしてたんだろう。
んじゃ、6502には、SEXという命令はないんですね。うーん、これについて祝一平氏か誰かが書いていた気もしているんだけど・・・思い出せない・・・


TK-80

Kow さんのコメント
 (1998/5/15 00:19:38 -
E-Mail)

いきなりTKの話に戻りますけど、私の行っていた日本電子専門学校では
授業でTK-80使いました。
Z-80のアセンブラの授業でしたが、セグメント光らせてました。
私は授業そっちのけで遊んでましたが(^_^;
まだあるなら50台くらい所蔵してるはずです。
ロッカーに鍵つけて大切に保管してありました。

ちなみにコンピュータグラフィクス科です。
全然関係ないやん(^_^;


TK-80

Saiey さんのコメント
 (1998/5/15 09:56:47)

グラフィック科でTK-80・・・。(^^;

何年くらい前の話ですか?


なつかしひ(T^T)

えるふ さんのコメント
 (1998/5/15 18:14:37 -
E-Mail Web)

こんなページがあったとわ。。。
あまりに懐かしくてうるうるしちゃいました。
他のスレッドは新しすぎて。。。。(笑)
えるふが一番最初にGETした愛機はモトローラの6800のKitマイコンでした。小6の時に個人輸入で買ったんですが、名前を忘れてしまいました。。。
中学の時に日立のH68-TRに乗り換えました。新聞配達で稼いだ金でメモリ1K買うのに10万ほどかかった記憶が。。。
当時のマイコン少年の憧れのマシンと言えばIMSAIとかオルテアでしたね。とても手がだせるマシンじゃなかったですけど。あの頃のマイコン少年の夢といえば、「いつかはTVをつけてBASICを走らせてスタートレックで遊ぶ!」と決まっていたもんです。えるふは夢半ばにして、PC8001に浮気しちゃったけど。。。。


思い出しました

えるふ さんのコメント
 (1998/5/15 22:20:18 -
E-Mail)

初代愛機の名前が思い出せず、今晩眠れなくなる気がして。。。でも、思い出しました。
モトローラのMEK6800DIIです。しょぼいROMにJ-BUGというモニタが乗っており、RAMは256Byteでした。
2代目のH68君はROMにアセンブラまで乗っており、RAMも1Kbyteと、まさに世代が違うマシンでしたね。
H68の時代は国産マイコンキットも山のように発売されてて、有名なNECのTK80以外にも東芝のTLCS-12A(なんと12ビットマシン)とか富士通のLkit-8、パナファコムのLkit-16なんかを覚えています。


PDP-11

[たけ] さんのコメント
 (1999/1/27 01:21:24 -
E-Mail)

以前サラリーマンだった頃、その会社で保守していた、ある医療システムに PDP-11 が使われてい
るのです。(現役で稼動している所もある)
私も、そのハードディスクに登録されている画像をパソコンに吸い出すためにアセンブラを使った
事があるのですが、すでに X68000 をいじっていたので「おお〜、これがそのミニコン CPU か!」
と、なんか妙な感覚がありました。
だって、68000 のその思想は PDP-11 を手本にしていたんですよね? たしか。

話は脱線しますが、
このシステムの凄いところは、PDP-11 の外部にハードウエア演算機+フレームバッファをつけて、
(演算器も浮動小数点演算ユニットだけではすまない大掛りなものだと思う)
ある画像に対する複雑な演算結果をリアルタイムでカラーモニタ上に分布表示していたのです。

それの何が凄いかというと、同じようなシステムをパソコンで作った場合、(こちらはC言語なので分が悪いですが)
Pentuim 90 のマシンでやっとリアルタイム表示になったという事です。 486 では遅かったです。


PDP-12

β さんのコメント
 (1999/1/27 09:51:03)

 昔、大学に廃棄するコンピュータがあるといわれて、人夫として実験室
に行ったら、PDP−12というコンピュータが有りました。「これが有名な
PDP-11の仲間かぁ」と思っていたら、先生に「これはPDP-5とPDP-7
を合体させたもので、PDP-11等よりも相当に昔のものである」と聞かされ
驚きました。部屋からベランダまでは学生で担いで、そこからクレーンで
運びましたが、何しろ鉄で出来ているタンス数個のようなものですから
大変な作業でした。
 代替機として文部省から来たのはPC486FEとかいう電話帳くらいの
98互換機で拍子抜けしました。でもこっちの方が数百倍の処理能力が
有るそうです。


ASCII の パソコン博物館

[たけ] さんのコメント
 (1999/2/13 05:37:52)

って、まだ続行しているのでしょうか? なんか、音沙汰ないように思うんですが。

あまり悪口は言いたくないのですが(笑)、あれは某変酋長のコレクションとして私物化されてし
まうのではないかと思ってます。

そもそも「借用させてください」ではなくて「寄贈をお願いします」ってあたりに疑問を感じました。

単に資料館のようなものを作るだけなら、まあ、半永久的であろうが「借用」って事も可能なハ
ズですしね。 ふつうの博物館に行くと、展示物が「東京都 山田太郎 様 所有」とかあったり
しますし。

いや、別に(^−^;、ハナっから某氏が「コレクションしたいので下さい」って言ってるなら
別ですが、月刊 ASCII の名で「博物館を作りたい」と言ってるのならば、そのフォローをキチン
とすべきだと思うんです。
「集まったら、ゆくゆくは現実の博物館を作りたい」というのは分かります。現実に博物館を作
ると維持が大変ですからね。
しかし、がアスキーの Web 上でさえ何も公開されていないのは、寄贈された方々に失礼である
と思います。

直接、某氏へ mail で通知しろ、ってのはナシね。(^ー^;
とりあえず、ここでの話のネタを作りたかっただけなので。


博物館

Saiey さんのコメント
 (1999/2/15 09:42:08)

毎月、だったかどうかは確認してませんが、寄贈されたマシンを紹介するページがありますよね。
もしかしたら、思ったほど寄贈がなくて、それで音沙汰がないような感じになってしまっているのかも?

借用にしないのは、管理が面倒だからじゃないですかねぇ。ASCIIはお金もないでしょうし。ASCIIが倒産したら物を返すのか、とか。(^^;

ただ、私はASCIIのWebページはまだチェックしていませんが、どんなマシンが集まっているのか、位は公表すべきですよね。マシン名と、写真と、寄贈者の名前と。


個人的趣味で始めたんでしょう

いーないーな さんのコメント
 (1999/2/16 09:05:35 -
E-Mail)

きっと、個人的趣味で始めたんですよ。購読者の何%が古いPCをみて感慨深げにため息をつくか...おそらく1%にも満たないのではないでしょうか。PCユーザー自体の増加が凄まじいので。まあ、悪いことだとは思いませんし、大事なPCならそもそも寄贈しないでしょうから、捨てられる運命にあったかわいい8ビット機が世に残ることになった...位に考えるとOKかも。でも写真くらいHPに載せて欲しい気もします。


re:集まらない

[たけ] さんのコメント
 (1999/2/16 13:23:59)

>大事なPCならそもそも寄贈しないでしょうから
そういう事です。 私も、「借用」であれば出せるマシンがあったのですが、
「寄贈」となると誰も出せないと思います。

JR-200 と JR 純正モニタ、JR 店頭展示用の看板付きパソコンラックを持ってます。(^−^;


モニタ

Saiey さんのコメント
 (1999/2/17 13:43:36)

JRシリーズに純正モニタがあったんですか?
てっきり家庭用TV前提かと思ってました。(っていうほど、JRシリーズを知らないのですが。(^^;


JR-100にも純正モニタがあります!

いーないーな さんのコメント
 (1999/2/17 16:44:34 -
E-Mail)

JR200はカラー800文字のモニタだったと思いますがJR-100にも800文字のグリーン(この辺が100ですな)純正モニタがありました。でも私はRFコンバータをつかって19インチのTVにつなげてましたけど。ちなみにTVのチャンネルノブ(昔のTVのチャンネル切り替えはダイヤル式だった)についてる画像調整つまみ(正式名称は知りません)を微妙にコントロールすると、色が段々にじんできてなんと、カラーになるのでした。もちろん色指定は出来ませんでしたが。
いやあ、いい時代だったなぁ。


JR シリーズ

[たけ] さんのコメント
 (1999/2/18 01:18:15)

JR-100 用のソフトは無いんですが、JR-200 を電器屋さんでゆずってもらった時の
ナショナル純正テープソフトがあります。
アルデパラン、4人打ちマージャン、ICBM遊撃作戦の3つです。
私より年上の、当時に通じる知人に聞いたところ、「アルデバラン」がハドソン製
であることから、これらはたぶんハドソン製であろうということでした。

JR-100 には、本体付属のデモテープと、あとは目の前のベーマガ・・・(^ー^;

JR パソコンラックですが、カミさんに「捨てろ」と言われていたのですが、
なんか書いているうちに捨てるのがもったいなくなって来ました。(^ー^;
とりあえず、画像として保存するだけでもやっておくかな・・・。


ガラクラマシン

[たけ] さんのコメント
 (1999/2/24 13:21:45 -
E-Mail Web)

というページを試験的に始めています。
写真を展示して、ハイ、おしまい。 でなく、
できるだけ詳しくガラクタマシンを紹介したいと思っています。

ただし、まだ本腰を入れて作成してるワケではないので、更新は遅いです。(^−^;


54800えんでっす!

いーないーな さんのコメント
 (1999/2/25 13:21:55 -
E-Mail)

がらくたマシンHP拝見しました。JR-100の定価は54800円でーっす。ところで、3ヶ月ほど前に某所にて入手とありますが、どこどこどこ?まだ在庫あるかしらん?教えてくださいませ。さらに、JR-100搭載のJR BASEC1.0のエミュレータなどを作っている人なんか聞いたことないですか。もしいなければ、資料(っていうかあの3D迷路がのってるリファレンスマニュアル)さがして挑戦してみようかな。WindowsでJR−BASICが動く!ああ、素敵。


某所で在庫

[たけ] さんのコメント
 (1999/2/25 20:21:15)

ありません、きっと。(^ー^;

X68000 が欲しくて秋葉原マックスロードに行ったところ、ソレがありました。
で、「こ、これ、いつから置いてるんですか?」と店員に聞いたら、
「あ、たった今、置いたところです。」
とのことで、こりゃあすぐ売れちまう!と思い、
X68000 を取りやめて JR-100 を買ってきました。

とてつもなく絶妙なタイミングだったと思います。


JR-100でカラー

Oh!石 さんのコメント
 (1999/3/4 17:40:35 -
E-Mail Web)

色がにじんでカラーに、で思い出しました。
昔高校のときに乗っ取った数学部でパソコンをいじっていたのですが、
部費が少なくて安売りしてたJR-100を何台か買ったんです。
夏休みだったかに借りて帰りPCGエディタとか作ったんですが
(BASICそのものは非常に素直で使いやすかったと思います)
付属のデモを見たとき仰天しました。
ループするデモの最後だったかに左右に棒グラフが広がるのがあったんですが、
片方が黄色、もう片方が紫に色づいていたのです。

私は18インチのカラーテレビにRFモジュレータ経由で接続していましたが
おそらくその「色にじみ」で色が出たのだろうと思います。
(当時はそういうテクニックもあるかも、と思ってたんですが…)


マイコンと呼ばれた時代 (1)」へ続く。


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