衝撃の出会い

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SHARP MZ-2000
-1982-

 小学校5年生の時に友人の家にあった、私が初めてさわったパソコンです。私の人生を変えたと言っても決して言い過ぎではありません。

 当時はマイコンという言い方が一般的だったのですが、友人の家に行くまでの道中友人兄弟が「うち、マイコンが買ったんだ」「えー、あれはパソコンだよー」「マイコンだよー」と、2人で言い合っていたのは、今となってはほほえましい思い出です。しかし、当時の私はマイコンという言葉を知っている程度で、知識といえるものは皆無に等しい状態でした。

 MZ-2000は今となっては珍しくない、オールインワンタイプのマイコンで、ディスプレイと本体、カセットテープデッキはもちろんのこと、キーボードまでくっついていました。ディスプレイはグリーンディスプレイで、オプションをつけるとカラーに出来ると聞いた記憶があります。その場合はやはりブラウン管も取り替えなければならないんでしょう、きっと。

 カセットテープからプログラムを読み込み、ゲームで遊ばせてもらいました。こうやって市販ゲームソフトで遊んでいただけなら、マイコンというものにそれほど衝撃を受けなかったかもしれません。そのあと、BASICをロードし(当時はなにをやっているのかも分からなかった)、友人の「お父さんの友達」が作ったというゲームで遊びました。市販ソフトはどっかの知らない頭の良い人が作ったんだろうと思えますが、この、「友人のお父さんの友達」という、自分からの関係をこんなに簡単に表せてしまう人がこうやってゲームを作れるということが、私にとってひどく衝撃でした。自分にも作れるんじゃないかと思えたのです。よく考えれば、市販ソフトを作った人も、おじさんの友達も、どっかの知らない人には変わりないといえば、まぁそうなんですけどね。(^^;

 この衝撃の数日後には、お母さんにマイコン入門のような本を買ってもらい、ナイコンのままBASICの勉強を始めました。今、パソコンの入門書と言えばソフトの使い方が書いてあるものですが、当時はBASICでプログラムを組むやり方が載っているのが普通でした。

 ちゃんと動くかどうかも分からずにノートにプログラムを書きため、その後しばらくして友人の家に行ったときにそれを入力しました。何度も修正を繰り返してやっとちゃんと動くようになった頃、友人のお父さんが帰ってきて、「ほぅ、すごいな」と言ってくれた時のうれしさと言ったらあーた、ねぇ。(^-^)

 その後このMZ−2000にはプリンタがつきました。本体より高いと言っていたような。ドットインパクトプリンタだったのですが、私は「なんて大きくて、なんてうるさいんだろう」と思ってました。


記憶しているスペック


思い出のソフト

ポラリス
 初めてやったマイコンゲームです。オールマシン語のようでした。
 内容は、固定画面のサイドビューで、真ん中に線が引かれていて下が水中になっていました。自機は潜水できる船で、真上に弾を発射できます。空中に編隊で飛んでくる敵飛行機を打ち落とす、シューティングゲームでした。

ルパン3世
 これが友人のお父さんの友達がつくった、固定画面のアクションゲームです。銭形警部を避けつつ、奥にある財宝を持って帰って来るというゲームだったと思います。
 今考えると、「本当にその人が作ったのか?」とも、思います。プログラムはともかく、アイデアはたぶん…。(^^;




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